子供と死

幼い子供に人間の死をどのように伝えればよいか?

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親類が多く、通夜や告別式に参列する機会も度々ある我が家だが
双子の息子たちにはまだ参列させたことはなかった。
家族で交代で参列できるようにスケジュールを組み、何とかしていた。

3年前、仕事中に保育園の園長から電話があった。
「また発熱でもしたか?」とかけ直した私は信じられない事を耳にした。

園長「同じクラスのAくんが亡くなりました。」
私「えっ!?意味が分かりません!事故ですか?」
園長「車に引かれてしまって、、お母さんの(ごにょごにょ←口を濁す)、、
本当に信じられないけど、、インターネットのニュースにもなってるから、、」
私「分かりました!葬儀はいつですか?」

とのやり取りを行った記憶がある。

すぐにPCでニュースを検索して事実を確認した。

Aくんは父母と姉の4人家族。
シルバーウィークの休み中にお父さんが地方に用事で出かけるところ、
一緒についていきたいと家族で送って行ったのだという。
父母と母方の祖母、姉の5人で車で出かけた。
お父さんを送り届け、お昼ご飯を食べようと飲食店に入った。
運転手のお母さんは飲食店の入り口で祖母と娘とAくんを降ろした。
空いている駐車場に向けて車を発進させたところ、転倒したAくんを引いてしまった。
車の前輪は、Aくんの頭部を引いてしまった。

しばらくお母さんは気付かなかったらしい。
窓際で目の当たりにした飲食店のお客さんが救急車に連絡をした。

結局Aくんは助からなかった。

Aくん、なぜ店に戻らずにお母さんの方に行ったの?
おばあちゃん、なぜ手を繋がずに目を離したの?

亡くなった命は戻らないがあまりにも残酷な事故に憤りを感じた。

毎朝の双子の息子たちの保育園の送りは私の担当であった。
朝が早い仕事なので、1番に着く時もしばしばあった。
そのあとしばらくしてAくんが登園してきた。

玄関前が駐車場だが、約束として玄関前までは子供を送って先生に引き渡すというのがあった。
Aくんのお母さんは若くスタイルもよい美人で、いつもパリっとしたスーツに高いヒールだった。

携帯電話を離さず、通話しながらAくんを車から降ろすと自分は通話の続き、
Aくんは一人で玄関前から部屋に歩いていた。

長靴が脱げずに困っていたので、脱がすのを手伝ってあげた事もあった。

恐れていた事が現実になった。
自分しか見えていない母親の犠牲になってしまった気の毒な幼い命。

通夜に参列した。

まだ理解できないからと人間の死からは極力避けていたのだが、
クラスメイトとして息子たちも参列した。

Aくんを可愛がって保育園の行事にもよく参加していたAくんのお父さんは泣きながら
「妻を責めないで下さい!」と言っていた。
お母さんは、うつむいたまま涙は流さず黙ったままであった。

Aくんの気持ちを考えると、本当に辛い参列だった。
短い命、まだまだたくさん未来があったのにこんな形で終わってしまうなんて。

それから1年後、
Aくんのお母さんは男の子を身ごもったと保育園のクラスに来たそうだ。

何のための報告?その子はAくんじゃない、AくんはAくんだ。
生まれ変わりとしてAくんの死を美化するのはやめて。

そう思った。

もうすぐAくんの命日。Aくん、天国で楽しく暮らしていますか?

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